AyanaのAh〜♪

頭の中覗いてみませんか?

あなたじゃなきゃ…

今の仕事をしていて、よく思うのだが、この人がいい!はあっても、この人じゃなきゃダメは、ありえないし、この人じゃなきゃダメな状況にはならない方が良いということだ。

 

こういうことを書くと、悲観的だと言われることもあるが、実際、あなたじゃなきゃダメ な状態は、存在しない。あなたは1人しかいないのは事実だけれど、あなたの代わりにあなたの役割を担える人というのは、存在するからだ。

それを誰しも、薄々わかっているから、君じゃなきゃダメなんだよ!的なことを言われると、嬉しくなったりするんだと思う。

 

自分で自分を必要とせず、他人の評価に頼っているうちは、自分の存在意義なんて、見出せないんじゃないかと思う。

徒然

今日は、朝から、ベースやら、ウクレレやら、触っておりました。

普段は、なかなか纏まった時間が取れていなくて、ちまちま隙間時間に指を動かす程度しか触れていません。もうちょっとうまく時間作らないとなぁ。

 

それでも、いそがしくなったほうが、うまく時間使えるよねー。基本、ナマケモノなので、時間がありすぎると、ボーッと過ごしてしまうのです。

なので、仕事始めてからの方が、元気に動けています。

今の職場のいいところは、子どもの来ない時間に、楽器練習してても良いことですね。あ、もちろん、仕事の一環としてなので、何でも良いわけではありませんが。

ちょうどクリスマス会があるので、クリスマスソングをキーボードかウクレレを弾いて歌おうと思っています。

なんかやっぱり、仕事の話になっちゃった感がありますが…

ここ最近は、もっぱら、授業で何しようかなぁ〜ばかり考えています。

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人を幸せにする方法

私は仕事で、発達に問題を抱える子どもの、発達支援と学習支援をしているのだけど、この仕事がすごく楽しい。

実は、子どもと接するのが、特に好きという訳ではないのだけど、この仕事を始めてから、子どもらは、みんなを幸せにするために生まれて来たんだろうなぁと思うようになった。

ほんの些細なことでも、できるようになったら、こちらにとっても、すごく嬉しいのだ。

そして、自分の子どもには、早く早くと急かして、こんな風にほんの些細なことを、できた!って、一緒に喜んでやらなかったなぁ…と、反省したりもしている。

 

人は自分ができることは、当たり前のように思ってしまうし、その当たり前のことを出来ない事が理解できなかったりもする。

一人で何でもできることも素晴らしいけれど、苦手な事を人に頼れることは、もっと素晴らしい事だと思う。なぜなら、自分が助かるだけでなく、頼られた人の自己肯定感を高めるので、結果的に他人を幸せにする事ができるからだ。

何でも1人で抱えるのは、他人の活躍の機会を奪っている…とも言える。

なので、他人を幸せにしたいと思ったら、1人で抱えるようなケチくさい事はせずに、自分が苦手な事を、それができる人に手伝って貰うというのが、一番手っ取り早くて、効果が高いのではないかと思う。

世界は自分で変えられる

職場に、意見や質問をせず、1人で抱えて、誰も教えてくれなかった とか、職場の雰囲気が自分の理想と違う とか、帰る時間が遅くなるのは、周囲との協力体制が取れていないからだ!と、人のせいにばかりしている人がいる。

私も以前は、そういう傾向があったので、今、改めて、外からその様子を見たり、話を聞いたりして思った。やはり、人のせいにするのは、自分も成長する機会を逃すし、外から見て、イタイ人に見えるのだなぁ

 

誰も教えてくれないなら、聞けば良いだけだし、職場の雰囲気を変えたいなら、自分が働きかけるしか方法はない。ましてや、定時に帰れないのは、自分の仕事の処理能力の問題なのだけどなぁ…だって、その人より多くの仕事をこなしても、定時に帰ってる人もいるからね。

 

ちなみに、私は、入ったばかりの私でも、質問や意見や相談をしやすい職場だと思っているし、仕事量も、毎日残業や持ち帰りをしないといけなくなるほど多くはないと思っている。

捉え方によって、こうも現実が違うんだなぁと思って、なんだか感心してしまった。

良かったよ!世界は自分で変えられる事に気付いて!

洗脳されてない人はいない

ファンから、あなた、洗脳されてますよね?というような内容のコメントをいただきました。せっかく良い話題を振っていただいたので、自分の考えを書こうと思います。

 

はい。私、洗脳されていますよ。なので、先日のブログの題を、被洗脳者の言い分 としたのですが、ご理解いただけなかったようです。

 

私は、世の中に全く洗脳されていない人間なんて、いないと思っているんですね。

洗脳されることを、判断力や、自分で考える力を奪われることと考えると、常識というものも、洗脳の一種ということもできるでしょう。

人間の脳は、自動操縦機能を搭載しているので、それを利用すれば、洗脳は、簡単にできるし、歴史的にも統治するのにそれを使わない指導者はいないはずです。

常識を洗脳と言わないのは、それが多数派であるからです。人とは違う、少数派の考えに賛同し、言動した場合に、洗脳と言われます。

なので、この言葉を自分に使うなら、まだしも、他人に使うということは、差別的意識の強い、視野の狭いところがある と考えられます。

だいたい人の記事にどうこう言ってないで、自分の考えを文章にしてみると良いと思います。

いかに自分の考えが、親や育ってきた環境で接した人から獲得した、常識や、思い込みに縛られているかが、わかると思います。

 

ま、そんなわけで、私が洗脳されてるかどうかというのは、議論してもしょうがないと思います。そう思いたいなら、思っとけばいいじゃん…みたいなね。

被洗脳者の言い分

私には、ちゃんと名前もあるし、自分の考えもある。誰かに心酔してついて行くとしても、何も考えなしについて行ったりは、しないし、誰かの言う事を聞くにしても、何も考える事をせず、条件反射的に言う事を聞いているのではないのだが。
少なくとも、自分が選んだ と言える程度には納得してやっている。
私が、他人からの影響を受けすぎるように、思っている人もいるけど、自分が変わろうとするときには、自分のやり方に拘るより、それをうまくできてる人の真似をする方が早いから、そうしているのだが…それを洗脳だと言う人もいる。
そう言われると、あーこの人、私のこと、一つの人格のある人間としてみてないんだなぁと思う。そう言う人は、往々にして、話が通じなかったりするし、こちらが多少成長したって、気づかない。洗脳される人という固定観念で、みられてしまっているからだ。

おもしろくはないんだけど、人のことは変えられないしね。ほっといて、自分のことをやるしかないね。

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先輩

職場で、デキる先輩がいる。

先輩と言えども、10歳以上歳下なんだけど、こういうのは、年齢関係ないね。

まぁ、当たり前と言ってしまえばそうなんだけど、一個何かを頼んだら、先まわりして書類でもなんでも、作ってしまうのだよね。器用だし、子どもらにとっても、信頼も厚く、いい先生だと思う。

その人、実は、退職予定で、そこの人員補填に、私は当てられている。

少しずつ、引き継ぎを行なっているところだ。

若干プレッシャーもあるけど、その人から、指導を受けられる私は、ラッキーだと思う。

しかし…ああいう、良い人材を引き止められない会社もなぁ…。と思ってしまうなぁ…

まぁ、私は、私のできることをするしかないしね〜。頑張ろうー。

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