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AyanaのAh〜♪

頭の中覗いてみませんか?

《親切》を受けて、対人恐怖症になった話

私は以前、対人恐怖症のような状態に陥った事がある。

 きっかけは、子どもの習い事で知り合った、いわゆるママ友と付き合いだした事だ。

調子が良く、面倒見のいいタイプ。行動派で、おしゃべりで、身内には、すごく《親切》。

わかりやすい人で、自慢話をよくしていて、 褒めていれば、機嫌もよかったのだけど、自慢話が、そう羨ましい話でもなかったので、なんとか周囲に合わせて誤魔化していた。

 

でも、私にとっては、彼女の自慢話に合わせる事よりも、彼女の《親切》の方が深刻な問題だった。

 

身内には《親切》…つまり、身贔屓で、例えば、電車に乗る時に、人を押し退けるように駆け込んで席を確保して、こっちよ〜!とか、順番待ちの列に並ぶ時に、先に並んでいて、私が最後尾に並ぼうとしたら、こっちこっち!来なさいよ!って横から入れてくれようしたり。

お金持ちなのに、なんかセコくて、遊びに行った施設で、子どもの年齢を低く言って、入場料を誤魔化すようにアドバイスされたり。

本人は、《親切》のつもりでやっているのだけど、私は、実は、すごく恥ずかしかったのだ。

 

さすがに入場料を誤魔化す事は、やらなかったけども、その他の《親切》をちゃんと断り切れずにいたら、まぁ、当然、同じ事をするように求められる。

 

これ、おかしいと思ってるの、私だけなの?

本当に、いいと思って褒めてるのかな?

私が実はよく思っていない事がバレて嫌われたらどうしよう…

 

いやいや…嫌われるも何も、私が、彼女の事が嫌いなのに、酷い言い種だよねぇ…と 今なら自分自身にツッコミを入れるところなんだけどwww

 

当時は、昔から人付き合いが苦手だというコンプレックスもあり、友人を失くすのが怖かったので、無理をしてその気持ちに蓋をしていた。

すると、とうとう、その人と会ったあと、ぐったり寝込んだりするようになった。

 

その後、子どもの成長と共に生活パターンが変わり、徐々に縁も薄くなっていったのだけれど、離れてからも、しばらくは、その影響を引きずって、引きこもっていた。

今思えば、子どもにも良い影響があるとも思えないし、早々に離れるべきだった。

価値観が違うのに、断り切れず、不本意な事をやると、痛い目に遭うものだ。