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AyanaのAh〜♪

頭の中覗いてみませんか?

知らなかったは言い訳にならない

ちょっと前に、あなた、《無意識》って言葉よく使うよね。それ、やめなさい って言われて、ハッとした。

 

私は、知らなかったとか、気づかなかった という理由を持ってくる人を、じゃ、しょうがないよね。と許してきたのだけども、同時に、自分に対しても、知らなかったから、気づかなかったから、しょうがない と言って、自分を正当化して、怠けていたのだ。

 

“知らなかった” “気づかなかった”が許されているうちは、人は知ろうとしないし、気づこうとしない。それも、知ったら、気づいたら、許されなくなってしまうので、いつまでも無知なままで居ようとする。幼稚化してしまうのだ。

 

私が天然が嫌いなのも、ここにある。

人が不快になるような事を平気でしておきながら、それがいけない事だなんて、知らなかったんですぅ〜。って言うのは、天然の特徴だし、それをホイホイ許すヤツの気が知れない。

まぁ、そう言う私も、昔はよく天然と言われて、そう言われるのが嫌だったので、違う!と反論していたけど、きっと、知らなかったんだもん とか 気づかなかったんだもん ってやっていたから言われてたんだろうなぁ…。

 

そして、指摘された時点で、知らなかった状態から、今知った という状態になるはずなのに、この期にに及んで、まだ、知らないとか言ってみたりする。

もう、そうなると、知らないんじゃなくて、知りたくないんだ。だって、知っちゃうと、許されなくなるから。

 

間違いは、許す事も必要だけど、知らなかったから、気付かなかったから しょうがないという理由では、やっぱり、許しては、いけないのだと思う。

確かに、知らなかった時点までは、しょうがない。でも、もう知ったのだから、知らなかった時と同じことをしていては、いけないのだ。

それを許すことは、人の成長を阻害する事になるし、知らなかったを理由に、不正とか、マナー違反とか、そういうよろしくない事へのハードルを下げてしまう。結果、自分が生きにくくなるんだよね。

 

つい最近まで、やってたから、偉そうな事は言えないけど、やっぱり、そうやって、自分の事も世の中の事も諦めるのは、つまらない。